私の研究室では所属学生と共に以下の研究を進めています。
(1)サンゴ礁魚類の月周性・潮汐性産卵現象
(2)魚類における卵黄形成機構
サンゴ礁魚類の性成熟と環境利用特性
- 月周性
- 半月周性
- 潮汐性
- サンゴ礁魚類の性成熟と光周性
魚類には月から得られる情報を繁殖活動の同期に利用しているものがいます。すなわち、特定の月齢で月に一回だけ産卵する魚、二週間に一回もしくは毎日、潮の変化に合わせて産卵する魚がいます。サンゴ礁には他の海域とは比べものにならないほどたくさんの魚が月と同調した産卵を繰り返しています。この理由として、温帯から極域に比べて熱帯や亜熱帯では水温や日長の変化が小さく、月が地球に及ぼす環境変化がサンゴ礁では相対的に大きくなっているからだと考えられています。いったい魚たちは月から得られるどのような周期性を利用して、産卵の時刻あわせをしているのでしょうか。潮の満ち引き、月光の変化、はたまた引力変化などの様々な要因が考えられます。しかし、それらのどれが同調性産卵現象に関係しているのかはほとんどわかっていません。
私たちは、月からの刺激の何が、そして魚は月の刺激をどのように感じ取ってり体内リズムへと転換しているのかを明らかにしていきたいと思っています。この研究は時間生物学(生物リズムを記載し、その機構を解明する生命科学の一分野)の範疇に入ると考えられますが、現在のところ月周性の成立機序に関してはほとんど研究が進んでいないのが現状です。この理由の一つに、月周性を示す生物が研究対象にされてこなかったことが挙げられます(すなわち、サンゴ礁生物が研究対象にされてこなかったのです)。前述したように、サンゴ礁の生物は月の周期性を生命活動の時刻あわせに巧みに利用しています。この海域の生物を研究対象とすることによって、生物のもつ「時間」の全体像を明らかにしていくことができると信じています。
私自身、サンゴ礁の生き物を研究対象にするまでは(沖縄に来るまでは)、天体活動(月を含めた)が生物の生命活動に重要な役割を持っていることはほとんど気にもかけていませんでした。しかし、サンゴ礁生物の営みを目の当たりにして、月がもつ重要性に気づかされる毎日です。サンゴ礁の生物も月を見ながらもしくは感じながら、様々な営みを行っています。私はこの興味ある生命現象を科学的に明らかにしたいと思っています。ここに挙げた研究結果はまだまだ不十分で未熟なものです。しかし、研究結果を地道に積み上げていくことによって、生命活動における月の重要性を少しでも世の中に広げることができれば幸いです。日本人は古来より、月を愛でながら様々な思いを歌に詠んできました。夜空にぽっかり浮かんでる満月を見ると様々な思いが浮かんできたのかもしれません。沖縄の人はこのような感覚を今でも持っています。沖縄の人たちが海洋民族として海と共に生きてきたことを示しているのかもしれません。
月周性産卵
産卵期に特定の月齢に月一回産卵を繰り返す魚たちがいます。例えば、ハタはアイゴ類が月周性産卵を行います。私たちはサンゴ礁に普通に生息するアイゴ類を実験材料にしてこの研究を進めています。沖縄には主に4種類のアイゴ類(ハナアイゴ、シモフリアイゴ、アミアイゴ、ゴマアイゴ)が生息しています。これまでの研究でハナアイゴは上弦の月に、シモフリアイゴとアミアイゴは新月に、そしてゴマアイゴは上弦の月に一斉に産卵することがわかりました。それぞれの種によって同調性産卵に利用している月齢は異なるようです。
地球全体に目を向けてアイゴ類の成熟と産卵を比較してみると、産卵期の長さは海域ごとに異なりますが、どこの海域にいってもアミアイゴは新月に、そしてゴマアイゴは上弦の月で産卵していることがわかりました。この結果はある種が利用している月齢はどこに行っても同じであることを示しています。想像すると、ある種類は地球上で時間をおいて一斉に産卵していることになります。
沖縄ではアミアイゴの稚魚を「スク」と言います。旧暦の6月1日と7月1日(但し、地域よっては8月1日もあり得ます)にスクが沿岸に押し寄せてきます。沖縄の人たちはスクが来る日を楽しみにしています。このことは、親の産卵ばかりでなく子供の回遊(回帰)も同じ月齢で行われることを示しています。アミアイゴの親が産卵した新月のちょうど一ヶ月後の新月に、子供は沿岸に帰ってくることになります。すなわち、親も子も体のどこかで新月を知っているのです。
さて、アイゴ達はどの様にして特定の産卵月齢を認識するのでしょうか?ゴマアイゴを潮汐の直接的な影響のない水槽内で飼っていても産卵は同じ月齢(上弦の月)付近で行われます。したがって、潮汐が産卵月齢を決定している直接的な要因である可能性は低いと思っています。そこで、私たちは月光の変化を魚たちが認識しているのではないかと考えました。アイゴ類が月光を感じ取るかどうかを調べるために、私たちは最近メラトニンというホルモンに注目しています。メラトニンは松果体や網膜で合成されるインドールアミン類で、明確な日周変動を繰り返すことが知られています。多くの動物で血中メラトニン量は昼に低く夜に高くなります。私たちはゴマアイゴとシモフリアイゴのメラトニンの血中変化を調べてみました。その結果、他の魚と同じく、血中メラトニン量は昼に低くて夜に高くなることが分かりました。興味深いことに、満月と新月の夜(24:00)にメラトニン量を測定してみると、新月の血中メラトニン量は満月の時よりも高くなることがわかりました。このことはアイゴでは夜の明るさに応じて血中メラトニン量が変動していることを示しています。培養した松果体においても同様の結果が得られています。新月時のメラトニンの日周変動が満月時のそれよりも大きくなっていることが考えられ、この変化が一ヶ月の周期性になっている可能性があります。
地球上の生物はほぼ24時間の概日時計(サーカディアンリズム)を持っています。私たち人間も含めて体内時計を環境変化(主に明暗変動)を使って毎日リセットし、正確な24時間のリズムを刻んでいます。なぜ生物は24時間リズムを刻むのかに関しては分子生物学的に詳細な研究が進められております。概日時計の分子機構は現代生物学のホットな領域の一つで、概日時計に関連するいくつかの時計関連遺伝子が同定されています。一日より長い生物時計(概月時計や概年時計)に関しては、その存在を示唆する報告はありますが、系統的な研究はほとんど進められていません。私たちはアイゴ類を使って概日・概月時計についてアプローチしようと考えています。その第一段階として、脊椎動物の主たる時計遺伝子(Period)をクローニングし、その発現量の変化を調べました。複数あるPeriod遺伝子のうち、Per1は脳や網膜において日周変動しており、明け方に高くなりました。Per1は恒暗・恒明条件下でも同様の変化をしていたために、概日性の制御を受けていると考えられます。
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半月周期性産卵
サンゴ礁には月に2回の産卵を繰り返す魚たちも多く棲息しています。スズメダイやネンブツダイの仲間がこれに属します。私たちは潮汐の影響を大きく受ける河口域やマングローブ域の魚(スミゾメスズメダイやアマミイシモチ)を使って、半月周性産卵の解明を行っています。産卵期にスミゾメスズメダイを数日おきに採集して生殖腺の発達を組織学的に観察した結果、満月と新月の間で卵巣中の卵母細胞がもっとも発達することが分かりました。スミゾメスズメダイは雄がなわばりをもって受精卵を守る習性があります。おそらく、スミゾメスズメダイの産卵は小潮の時に行われ、大潮の時に孵化が起こるものと考えられました。スミゾメスズメダイを潮汐の刺激のない水槽内で飼育すると、産卵や孵化が起こるタイミングが自然界とは必ずしも一致しないことが判明しました。この結果は、スミゾメスズメダイが2週間に一回起こる潮汐の変化を感じ取って、産卵に適した潮を把握していると思われます。
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潮汐性産卵
ベラ類の多くは夜間の潜砂行動を伴う明確な日周リズムを示します。温帯域に棲息するベラ類は早朝に毎日産卵していることが示されていますが、サンゴ礁域に棲息するベラ類は昼間の満潮時に産卵を繰り返すことが知られています。私たちはミツボシキュウセンを実験材料にして、日周性活動と潮汐性産卵の関連を研究しています。3ヶ月に渡ってミツボシキュウセンの潜砂行動を半自然状態で観察した結果、ミツボシキュウセンが砂に潜る時間は日の入り前で日によって異なりますが、砂から出てくる時間は日の出時刻にほぼ一致して起こることが判明しました。潜砂行動は概日時計によって制御されていることが示唆されていますが、我々の得てきた結果からミツボシキュウセンが砂から出てくる時間(日光に当たる時間)で概日時計をリセットし、翌日の日の出時間を予測ているのではないかと思われます。
朝9時に時間を固定して3から4日おきに魚を釣穫して卵巣の組織像を比較し結果、満潮の時に卵巣がもっとも発達し、それ以降の潮で採集した魚の卵巣内には産卵を示す排卵後濾胞が認められました。他の時間帯に同様の実験を行っても満潮時の卵巣がもっとも発達していました。この結果は、ミツボシキュウセンの産卵は満潮にあわせて行われていることを示しています。従って、ミツボシキュウセンは日周活動を基本としながら、おそらく潜砂している時間帯(夜で動かない時間)で潮の変化を感じ取って、来たるべき満潮の時間を予測しているものと考えられます。
ドーパミンはカテコール環をもつ脳内神経伝達物質として知られています。魚類ではドーパミンは生殖遷刺激ホルモン放出抑制因子として働くことが報告されており、ドーパミン拮抗剤を投与すると排卵や産卵が誘導されることがいくつかの魚類で示されています。このような背景から、私たちは、ドーパミンの日周性や潮汐性変動を調べていました。その結果、ミツボシキュウセンの脳内ドーパミン代謝は明確な日周性を示し、昼間に高く、夜に低くなることを明らかにしました。魚にメラトニンを投与すると脳内ドーパミン代謝が減少することも合わせて明らかにしました。さて、脳内ドーパミン代謝と潮汐との関係はどの様になっているのでしょうか。この疑問に答えるため、ミツボシキュウセンを人為的な潮汐条件下で飼育して脳内ドーパミン代謝を測定しました。その結果、満潮条件を与えた場合に脳内ドーパミン代謝は減少しました。これらの結果は脳内ドーパミン代謝が日周性と潮汐性の二つの要因で制御されていることを示しています。夜間に活動を停止し、魚体が静止しているベラ科魚類のような場合に、潮汐変動は規則的な環境要因として認知できる可能性があると考えられます。夜を前半と後半に分けて考えた場合、夜の前半(例えば18時〜24時)に満潮が来る場合には潮汐変動によるドーパミン代謝が優先するため、潮汐性の産卵が起こる。そして夜の後半(例えば24時〜06時)に満潮が来る場合には、日周性のドーパミンピークが先に来るため、日周性の産卵が起こる。ドーパミンを中心に考えた場合、このようなストーリーを描くことができ、潮汐性産卵をうまく説明することが出来ます。
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サンゴ礁魚類の性成熟と光周性
温帯域に生息する魚類の多くは水温や日長の変化を感受して生殖腺の発達が誘導されます。それではサンゴ礁の魚はどの様な環境変動を感じ取りながら生殖腺が発達するのでしょうか。私たちはこの点についてアイゴ類やスズメダイ類を用いて調べています。まず、アイゴ類についてですが、この魚については同一の魚種を様々な場所で採集し、同一手法で解析し、環境変動と比較することから明らかにしようとしてます。沖縄に生息するゴマアイゴやアミアイゴの産卵期は春から初夏にかけて起こり、この時期には水温や日長が増加します。このことから亜熱帯サンゴ礁に適応した魚の生殖腺の発達にはこれらの環境要因が重要であることが推測されます。一方、インドネシアに生息するゴマアイゴの産卵期は2回あり、それらは熱帯モンスーンと深く関わっていることがわかりました。すなわち、雨季から乾季、乾季から雨季へと季節が変わる時期に魚が生殖腺を発達させていました。熱帯サンゴ礁では日長や水温の変動はそれほど大きくなく、これらの要因を主たる環境要因としていると考えるのには少し無理があるかもしれません。熱帯モンスーンに関わる環境変動時には海の一次生産量が大きく変動し、魚の栄養状態が生殖腺の発達に大きく関わっているのかもしれません。これらのことから、熱帯に起源を持つ魚の生殖腺の発達を刺激する環境要因は複数存在し、これらが全て満足いく状態にある時期にだけ生殖腺が発達すると考えらます。亜熱帯域においては水温や日長、そして熱帯に近づくにつれてこれらの要因よりもモンスーンによる一次生産量の変動が大きくなってくるのかもしれません。
ルリスズメダイを用いて光が生殖腺の発達にどの様に関わっているのかについて調べています。非産卵期のルリスズメダイに産卵盛期の環境を先ず与えてみました。与えた条件は長日(14時間明期:10時間暗期;14 L10D)や短日(10時間明期:14時間暗期:10L14D)で水温20℃、25℃、31℃です。これらの条件のうち、生殖腺の発達を誘導できたのは、長日で25℃の条件でした。長日の高水温(31℃)では卵黄形成は誘導できましたが、卵母細胞は退行していきました。また、25℃の短日では生殖腺は発達しませんでした。これらのことからルリスズメダイの生殖腺の発達には長日条件が関わっていると考えられました。産卵期においても類似した実験を行った結果、活発な産卵を維持するためにはやはり適正水温での長日条件が必要であることが分かりました。
次に、ルリスズメダイを様々な光の波長の長日条件で飼育してみました。その結果、生殖腺が発達するのは赤色>緑色>青色の順でした。この結果から、ルリスズメダイは特定の波長を生殖腺の発達に利用していることが明らかとなり、長波長帯の光受容体が何らかの役割を担っていると考えられます。眼球を摘除した魚を長日条件で飼育した結果、卵黄形成を誘導できたことから、網膜以外に存在する光受容体が関与する可能性があります。この点に関して、脳内から長波長帯の光受容体をクローニングすることに成功し、この光受容体が光受容と生殖腺内分泌軸との繋がりに関係しているのかもしれません。長波長帯の光は水の中で即座に吸収され深いところまでは届きません。ルリスズメダイはなぜ長波長帯の光を感受するのでしょうか。ルリスズメダイは浅海サンゴ礁に優先しており、長波長帯の光がふんだんにある世界に適応しています。もしかすると、このことが長波長帯の光を使うように進化してきたのかもしれません。この結果は、ルリスズメダイの生殖適正深度を浅海域に限定する要因であることを示唆しています。
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魚類における卵黄形成機構
初代培養肝細胞の時間変化
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哺乳動物は自分の子供を母乳で育てるため、卵中には子供の栄養となる物質はほとんど入っていません。これに対して卵生動物の卵には、子供の初期成長に必要な栄養物質(卵黄タンパク質)が大量に蓄えられています。では,卵黄タンパク質はどのようにして作られるのでしょうか。魚類の場合、雌の体内で卵が成長していく時には様々なホルモンが関与しています。例えば水温などの外部環境条件が整うと、先ず視床下部から生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンが、そしてその刺激によって脳下垂体から生殖腺刺激ホルモンが分泌されます。生殖腺刺激ホルモンは血液によって運ばれ、卵を取り囲んでいる濾胞細胞に作用し、女性ホルモン(主にエストラジオール17β)の合成を促します。女性ホルモンは血液によって肝臓に運ばれ、そこで雌だけが持つタンパク質(ビテロジェニン)の合成を誘導するのです。
ビテロジェニンを誘導するためには女性ホルモンが最も重要なホルモンであることは疑う余地は無いのですが、最近いろいろなホルモンが間接的に肝臓におけるビテロジェニン合成に関与していることがいくつかの魚類で明らかにされてきています。私たちはテラピアとアイゴを使ってビテロジェニン合成に関わる内分泌学的機構の全体像を明らかにすることを目指し研究を進めています。
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